サイクリングが熱い、嘉油鉄馬道へようこそ
嘉油鉄馬道は使用されていない中油旧鉄道を利用し修復したもので、嘉義市世賢路四段中油場隣りを起点とし、美源、光路、湖内など三つの里、嘉義水上郷である三和、下寮、回帰など三村を通過し、最後に北回帰線駅天文広場に到着する全長3500メートルの道路です。自転車専用道および景観のよい緑の散歩道として計画されており、嘉義市のレジャーや観光資源となっています。
新しい計画の景観グリーンバンドとは、現在ある鉄道の両側に各2メートル幅の自転車道を設け、沿線の地形と水文循環に基づき、休憩所、湿地生態、ハス池などをそれぞれ設置します。さらに、車道脇には中株と小株の高木、高低が異なる灌木を植栽します。また、重要な道路の交差点にはフラワーゲートを設置し、生態、美学、観光やレジャーといった多種多様なニーズを十分満足させることができます。
嘉油鉄馬道は前身が「嘉義化学工場」という特殊な歴史背景を持っており、台湾の貴重な産業遺産であり、極めて珍しい人文景觀資源です。嘉義市政府は周到な計画を通し、旧鉄道に新たな生命を吹き込み、自転車専用道と人々が散歩を楽しめる歩道を整備します。市民の投票により、「嘉油鉄馬道」と命名されました。その全コースは都市、農村と田園を貫くものとなっており、優雅な景観と親切でやさしい環境がより一層旅の魅力を引き出しています。家族で観光やレジャーを楽しむ最高の場所です。
.「嘉義化学工場」歴史ミニ百科
嘉義化学工場は日本統治時期の昭和13年(1938年)に台湾拓殖株式会社が創立しました。サツマイモを原料とし、ブタノール、プロピルアルコール、エタノールを製造生産する、当時は世界最大の発酵式ブタノール専業工場でした。昭和17年(1942年)に専用鉄道は縦貫鉄道と連結されました。ブタノールを利用して製造したイソオクタンは航空機用ガソリンとすることができ、第二次世界大戦時中、嘉義化学工場は日本の重要な秘密燃料基地となっていました。そこで生産された溶剤は専用鉄道で縦貫鉄道まで運ばれ、その後高雄港に向かい、船積みされ日本に輸送されました。