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水源地水錶室 - ピクチャ
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水源地水錶室

優雅な建築芸術-水源地水錶室水源地水錶室(水道メーター室)は嘉義市民権路農業試験場の向かいに位置し、その優雅で独特な造形とルネサンス時代のバロック式建築、そして重厚な柱とシンプルな山形の壁との組み合わせは嘉義市では非常にめずらしいものだったので、これまでずっと保存されてきました。土地は林業用地であり、これまで道路整備されていなかったゆえに、ずっと樹木や草で覆われていましたが、近年になり中山公園から蘭潭国中間までの民権路が拡張されたことで、数十年隠されていた「水錶室」が日の目を見るようになりました。その独特な建築と造形は人々の注目を集めています。この建築は省の上水道会社が水道メーターのために建てた建物で、日本統治時代に完成してから今に至るまで、少なくとも八十五年の歴史があります。水錶室は浄水場の毎日の流量を記録するためのものでしたが、現在はその必要性がなくなったので使用されておらず、引退してからすでに二十年経過しています。

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虎.棒.水泉 - ピクチャ
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虎.棒.水泉

台湾・野球・夢 嘉義は台湾野球運動の発祥地で、日本統治時代の大正 7年(1918)に嘉義市立野球場が竣工されました。当時は最高の野球場でした、その後、1998年9月に改修され再スタートを切りました。そのスタンドはローマ競技場のように設計されており、グランドを取り囲むように配置されている座席からの眺めは素晴らしいものがあります。 野球場正門左側にある「七虎耀諸羅」と「威震甲子園」のブロンズ彫刻や水道の設計は野球運動の伝承と飲水思源(物事の基本を忘れないこと)を象徴するものとなっています。 .ブロンズ彫刻のミニ百科 .「七虎耀諸羅」ブロンズ彫刻 1968年に嘉義市少年野球がトーナメント優勝した後、台中の熱心なファンの賛助と経営管理により、金龍少棒隊の名義で、1969年米国ウィリアムスポートで開催された第23回リトルリーグワールドシリーズに参加しました。その結果みごと優勝を勝ち取り、台湾全土は歓喜に沸き上がりました。1970年嘉義市少年野球チームは再び全国少年野球リーグ優勝を勝ち取り、嘉義の少年たちでなる七虎少棒隊は極東地区優勝を実現し、ワールドシリーズに進みました。台湾全土の野球の熱狂は極点まで達しました。 .「威震甲子園」ブロンズ彫刻現在の「国立嘉義大学」の前身の「国立嘉義技術学院」は、日本統治時代は「台南州立嘉義農林学校」であり「嘉農」と呼ばれていました。 昭和 6年(1931)に嘉農野球チームは日本へ遠征し、大阪の甲子園野球場で参戦しました。その結果、第17回日本全国中等学校優勝野球大会で準優勝し、その名声は遠くまで伝わり、時が過ぎても衰えませんでした。「威震甲子園」のブロンズ彫刻は嘉農野球チームが台湾野球史に輝かしい1ページを加えたことを記念するものです。

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嘉油鉄馬道 - ピクチャ
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嘉油鉄馬道

サイクリングが熱い、嘉油鉄馬道へようこそ嘉油鉄馬道は使用されていない中油旧鉄道を利用し修復したもので、嘉義市世賢路四段中油場隣りを起点とし、美源、光路、湖内など三つの里、嘉義水上郷である三和、下寮、回帰など三村を通過し、最後に北回帰線駅天文広場に到着する全長3500メートルの道路です。自転車専用道および景観のよい緑の散歩道として計画されており、嘉義市のレジャーや観光資源となっています。新しい計画の景観グリーンバンドとは、現在ある鉄道の両側に各2メートル幅の自転車道を設け、沿線の地形と水文循環に基づき、休憩所、湿地生態、ハス池などをそれぞれ設置します。さらに、車道脇には中株と小株の高木、高低が異なる灌木を植栽します。また、重要な道路の交差点にはフラワーゲートを設置し、生態、美学、観光やレジャーといった多種多様なニーズを十分満足させることができます。 嘉油鉄馬道は前身が「嘉義化学工場」という特殊な歴史背景を持っており、台湾の貴重な産業遺産であり、極めて珍しい人文景觀資源です。嘉義市政府は周到な計画を通し、旧鉄道に新たな生命を吹き込み、自転車専用道と人々が散歩を楽しめる歩道を整備します。市民の投票により、「嘉油鉄馬道」と命名されました。その全コースは都市、農村と田園を貫くものとなっており、優雅な景観と親切でやさしい環境がより一層旅の魅力を引き出しています。家族で観光やレジャーを楽しむ最高の場所です。.「嘉義化学工場」歴史ミニ百科嘉義化学工場は日本統治時期の昭和13年(1938年)に台湾拓殖株式会社が創立しました。サツマイモを原料とし、ブタノール、プロピルアルコール、エタノールを製造生産する、当時は世界最大の発酵式ブタノール専業工場でした。昭和17年(1942年)に専用鉄道は縦貫鉄道と連結されました。ブタノールを利用して製造したイソオクタンは航空機用ガソリンとすることができ、第二次世界大戦時中、嘉義化学工場は日本の重要な秘密燃料基地となっていました。そこで生産された溶剤は専用鉄道で縦貫鉄道まで運ばれ、その後高雄港に向かい、船積みされ日本に輸送されました。

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文化センター - ピクチャ
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文化センター

嘉義巿の文化推進の由来嘉義市立文化センターは1993年2月27日に正式にオープンしました。西側にある世賢図書館は、市の土地重点開発基金を用いて建てられ,文化センター西館としました。 文化センターには博物館、図書館、音楽ホールなど三つの建物と、美しい庭園があり、文化パークの総面積は五千坪以上あります。博物館の地下室には嘉義市交趾陶館があり、1階から4階には各種の展覧室が設けられています。図書館には閲覧室、視聴室、書庫があります。音楽ホールには1113席が設置されています。ステージ幕は中国画の巨匠である林玉山の作品「蓮池」がデザインされており、手作りの絹織物が用いられています。音楽ホール北側の池は、日本統治時代に阿里山鉄路の運輸にあわせて貯木池として使われていたため「杉池」とも呼ばれていました。当時、池の周りには樹が植えられており、木陰で涼をとったり、釣りをしたりとのんびり時間を過ごしていました。「檜沼垂綸」は嘉義八景の一つとなっており、1998年に張博雅市長により資金を調達して企画や整理が行われ,杉池の風貌を残しつつ、新しい憩いの場としました。

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台湾煙酒専売事業 - ピクチャ
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台湾煙酒専売事業

独特の建築スタイル台湾のたばこ・酒専売事業は1900年に始まりました。台湾総督府専売局が設けられ、嘉義支局は1924年に設立されました。この建築は1936年に建築され、雲林、嘉義、台南三県市のたばこ酒専売事業を管轄し、産業の歴史の生き証人となっています。 この建物は丸みを帯びた形で、入口はくぼんでおり、外観はシンプル、優雅で壮大なスケールとなっています。正面には横模様のレンガが貼られており、美感を添えています。2階、3階の階段踊り場には八角形の柱があり、階段の壁には格子縞の通風孔があり、階段横の柱頭などにはいずれも装飾が施されています。確立され:煙酒公売局の嘉義支局は嘉義市の指定古跡 建設 : 昭和 11 年 (1936 年)

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嘉義の旧酒工場 - ピクチャ
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嘉義の旧酒工場

全国五大創意文化園の一つ嘉義の旧酒工場は嘉義列車駅の隣にあり、台湾で最も早くコーリャン酒を生産した酒工場であったことから「白酒の故郷」と呼ばれるようになりました。1916年に設立された嘉義旧酒工場は、1982年に民雄工業区に移された際、多くの生産機具と関連設備を残していきました。それには洗浄機、貯蔵キャスク、ボトルコンベヤー、煙突、コーリャン米貯蔵タンクと計量装置などが含まれ、どれも価値ある酒製造文化の証拠品ばかりです。なかでも七棟の建物は市の古跡に指定されており、年末には続々と古跡修復工事が行われる予定です。高さ五十三メートルのボイラー煙突は嘉義市早期のランドマークの一つとなっています。 文化建設委員会の全国五大創意文化園のうち、最も期待が高いのは嘉義創意文化園区です。ここは嘉義市の商業と地理的に恵まれたところにあるため、文化歴史の発展において、嘉義市文化設施帶の出発点であり、酒公売局嘉義分局(市指定の古跡)と結びついています。北へつながる嘉義列車駅(市指定の古跡)、鉄道倉庫芸術村、竹材工芸加工場(産業建築)、文化センター、営林倶楽部(市指定の古跡)、阿里山鉄道北門駅(市指定の古跡)、嘉義旧刑務所(市指定の古跡)は、嘉義文化の真珠とも言うべきもので、嘉義創意文化園区はその中でも最も大きく、最も輝いているものの一つです。

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