嘉義を描く

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「自画像」1928年。
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「自画像」1928年。

自画像(1928)の陳澄波、当時33歳。日本に留学していた4年間で、彼は絵画技術を次第に成熟させ、故郷を描いた風景画の2作品が日本の最高峰の美術展覧会において入選した。この自画像の完成後、陳澄波の画家としての人生遍路は中国南方にまで及び、続いて嘉義へ戻った。1947年2月28日以前は、彼は土地に対する情熱を油彩に注ぎ込み、嘉義公園、更には台湾の美しい片隅をキャンバス上に意のままに描いた。

「嘉義公園(一)」1937年
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「嘉義公園(一)」1937年

1937年に上海から台湾へ戻った後に描かれたこの「嘉義公園(一)」は、当初は絵の中の池の名前から「弁天池」と呼ばれた。池の中央の鳳凰木は傘蓋のように高くそびえ、絵画中のすべての景物を覆っている。曲折して伸びる枝葉はあたかも肢体のように躍動していて、旺盛な生命力が伝わってくる。南国を代表する樹木であるが、燃えるように赤い熱帯の雰囲気はなく、むしろ中国の水墨画のようなシルエットの律動を漂わせている。ノバリケン、ハクチョウおよびタンチョウはそれぞれ異なる文化的要素を象徴しており、幻想的に嘉義公園の池に溶け込んで、画家自身の心の中にある理想の風景を作り出している。

「嘉義公園(三)」1939年
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「嘉義公園(三)」1939年

この全景の絵画には嘉義公園の隅々の景色が描かれている。視点は近くから遠くに至り、細部まで省かれることなく、好奇心旺盛な子どもが隅々まで探索しているかのようである。人工物である公園の中に、くねくねとした渓流と道路が意図的に縦横にめぐらされており、木々の枝の曲折と交錯して複雑な風景を作り出している。樹林は一貫して陳澄波の絵画作品において重きを置かれている表現テーマの一つで、絵画中の草木の華やかな様子は、現代化した公園でのみ見られる珍しい光景で、画家が表現したかったテーマであるかもしれない。

「嘉義公園(四)」年代不詳
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「嘉義公園(四)」年代不詳

陳澄波は木板上に荒い油彩のラインを描き出し、樹木の幹枝と緑の息吹きの中に、忽然と赤い鳥居と神橋を出現させ、見る人の視線を池の水の向こう岸へと向かわせる。木板は陳澄波がよく使用した基底材で、屋外での写生を好んだこの画家は、「前もって描く場所の時代的精神と、その地の特徴を研究し、吟味する」ことを重視した。公園の片隅へ行き、画箱から小さな一塊の木板を取り出し、陳澄波の絵筆は目前に広がる自然の世界を捉えた。弁天池のほとりの風景を残す貴重な絵画の記録でもある。

「嘉義公園一景」1934年
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「嘉義公園一景」1934年

手を繋いで公園へやってきた両親と子どもたちが手すりの前に足を止め、好奇心いっぱいに猿の一挙一動を見守っている。日本統治時代、一部の公園には遊びにきた人に特別な楽しみを提供する、絵の中にあるような動物の飼育小屋が増設された。このような動物の展示は、台湾における現代的な動物園の前身であるとも言える。2015年、この絵画はX線撮影により、キャンバスの下に女性の裸体の絵画が隠れていることが発見された。なぜ公園の風景画が女性の裸体の像に取って代わったのだろうか?画家に尋ねない限り、その理由を知る術はないだろう。

「嘉義公園の一角」1934年
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「嘉義公園の一角」1934年

湖面、芝生、木の茂みと樹冠、この作品には広大な新緑の息吹に満ちている。目前に広がる景色の色彩の調和が画家の視線を引き付け、公園の片隅にある池のほとりと樹林をもって彼はキャンバス上に美しい芸術的協奏曲を織り成した。かつて自ら「私のアトリエは大自然の中にある」と語ったが、画架を屋外へ持ち出すことが習慣となっていた陳澄波は、この絢爛多彩な自然の世界の中を逍遙しているのかもしれない。

「児童楽園」1946年
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「児童楽園」1946年

モノクロ写真しか残されていないが、絵画の中にははっきりと昔の児童楽園のアーチ形の門と右側のチケット売り場、手を繋いで入園しようとしている多くの遊覧客の姿が見てとれる。陳澄波の絵画作品の中には、父と子あるいは母と子のペアが多く描かれており、肉親の情という画家の主題への関心が表現されている。戦後、この絵画は第一回台湾省全省美術展覧会において当時の教育処長に売り渡され、その後転々と人手に渡って行方不明となった。現在も台湾のどこかに身を潜め、再び日の目を見る時が来るのを待っているのかもしれない。

「睡蓮」年代不詳
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「睡蓮」年代不詳

他の嘉義公園を主題とする作品とは異なり、この木板画は小さな池の中の睡蓮の葉、水面の波紋、池の中央に重なっている石の描写に注力している。水面の下の黄褐色の魚の群れはまさにあちこちに泳ぎ出しそうである。20世紀初頭、睡蓮の画に長けたフランスの画家モネがすでに国際的に名を挙げていたため、陳澄波もきっと留学期間中に彼の作品を目にしていたに違いない。彼がこの絵画の水面の光陰を精細に描写している時、モネの描写した池の精彩な技巧を思い浮かべていたのではないだろうか。

「嘉義公園-神社前歩道」年代不詳
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「嘉義公園-神社前歩道」年代不詳

神社に通じる参道はまっすぐで整然としており、両脇の緑樹が歩道を歩く人々に日陰をもたらしている。道の左側の樹幹はそれぞれ曲折しているが、木の茂みの中には真っ直ぐそびえ立つ街灯と電信柱がある。遠方の石灯篭と鳥居が神社の入り口を示していて、さらに前に進んで行くと人間と神を分ける境界線を通り抜けることになる。この絵画の中で陳澄波は、シンプルなラインで神社の存在を暗示しているが、それにもまして彼が表現したかったのは、現代の事物と伝統文化が、いかに台湾の自然風景の中で共存しているかであったかもしれない。

北回帰線立標
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北回帰線立標

縦貫鉄道の傍らに立つ方錐形の標塔。高々とそびえる記念碑は国家の繁栄を象徴すると同時に、南国台湾の特色がわずか2行の科学的な数値へと濃縮されています。「北緯23度27分4秒」。この数値の下でフォルモサ(麗しの島)といわれる台湾の豊かな多様性が育まれてきたのです。そうして生まれた、樹木茂る山々や紺碧の海、明るい日差しが降り注ぐ原野─陳澄波の絵画には北回帰線上に位置するこの島の、ありとあらゆる風景が無上の色彩美で表現されています。

自画像(2)
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自画像(2)

この絵の中の陳澄波は自信に満ちています。夏に咲くブッソウゲも背後で鮮やかな色彩を放っています。自己表現について、35歳になった陳澄波は油彩画の世界のなかに一種の理想的な方法を見い出したのです。日本から上海へ渡った陳澄波は、その芸術人生において新たな段階へと歩を進めました。上海で中国の伝統絵画の概念や技法を吸収する一方で、それまでとは異なる題材(風景)を見つけたのです。この自画像は自分の将来に対する確信や期待をも表現しているのかもしれません。

北回帰線標塔
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北回帰線標塔

夏休みに帰国した陳澄波は、ふたたび嘉義市郊外のあの野原―北回帰線標誌(記念碑)のある場所へ行ったのかもしれません。数年前にも水彩で標塔を描きましたが、この日は前とは違う画法で新しく生まれ変わった標塔を描こうと、この人造的な現代の奇景に再び挑んだのです。ダビデとゴリアテの戦いのように、巨大な標塔の前に立ち、どの色を使おうかと絵具箱を覗き込んでいたのでしょう。陳澄波はどんな絵具で相手を手なづけたのでしょうか。

玉山の積雪
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玉山の積雪

赤褐色の地面、樹木の緑が鬱蒼として色濃い山々、山脈を覆い尽くす白銀の雪、静けさを湛えて淀む濃紺の空。深遠さと荘厳さを備えた気韻が、重厚な油彩の一層一層に沈殿し、うず高く積み重なって、画家が感じた自然界への礼賛と崇敬の念となって現れています。変化に富んだ色彩が、ごくシンプルなタッチのなかに包みこまれています。この作品で陳澄波が訴えたかったのは、長々とした物語ではありません。それは言葉を凝縮した一首の詩です。その詩句に詠われた聳える玉山は、清らかな光をまとい、この島の気高い精神の化身となって、全てを見守っているかのようです。

木材工場
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木材工場

レールや工場、煙突、ワイヤロープ、コンクリート製の巨大な建物と轟音を響かせる機械──「東洋一」と謳われた嘉義の製材場には、近代化を象徴するような奇観の数々が集結していました。1920年代初頭は嘉義全体が林業を主要産業として発展し、しだいに豊かな大都市へと成長を遂げたのです。嘉義近郊の製材場はその発展を促す動力源でした。陳澄波の少年時代に嘉義は大きく変化しました。この水彩画は歴史を物語る証の一つと見なせるでしょう。

製材工場
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製材工場

この油彩画はセピア色の古い写真の中ですっかり色褪せていますが、画中の風景は今なお鮮明で生き生きとしています。起重機の滑車が勢いよく回転する傍らで、長い竿を手にした労働者たちが、池に浮かぶ木材と格闘しています。工場の敷地いっぱいに巨大な原木が積み上げられているのを見ると、終戦を迎えたばかりとはいえ、工場はずいぶん繁盛しているようです。陳澄波は自身の絵画人生の初めと終わりに、嘉義の製材場を訪れて作画しています。比較しながら2作をよくご覧ください。何か変わったところが見つけられるでしょうか。

西薈芳
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西薈芳

南国のまぶしい陽光のもと、生い茂る大木が道行く人々に日影をもたらしています。山積みの果物や氷菓子を売る屋台もあり、熱帯に位置する島の焼けつくような暑さが伝わってきます。着物にチャイナドレス、洋服姿。文化的背景を異にする女性三人が、路上ですれ違っていきいます。少し背を丸め天秤棒を担ぐ労働者の姿は、この土地でよく見かける素朴な景色です。静かで穏やかに見える午後の「西薈芳」から、各々の秘められた呟きが低くもれ聞こえてきます。

八月城隍祭典
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八月城隍祭典

赤色、黄色、橙色、緑色…にぎやかな祭りの隊列がキャンバスに入り込み、カラフルな色の塊へと移り変わっていきます。雑多に交わる線からも、街を埋め尽くす人の群れや打ち鳴らされる打楽器の喧騒が聞こえてくるようです。1929年から上海で教職に就いていた陳澄波が夏休みに帰郷すると、ちょうど毎年8月初めに開催される「城隍遶境」の時期でした。陳澄波にとって、この民俗文化の盛典は故郷を代表する風景であり、見逃せない創作テーマの一つでもありました。

城隍祭典
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城隍祭典

大喝采を巻き起こす祭典の隊列、高蹺(竹馬に似た歩行用具)の演者たちの生き生きとした姿、誰もが目を大きく見開いて、祭りの見せ場を一つたりとも見逃すまいとしています。出し物を取り囲む群衆が興奮気味に四方を見回している間も、画家は視線を画用紙に落として素早く筆を走らせます。ラフな鉛筆画に水彩を用いたシンプルな着色で、祭典の情景が描かれています。スケッチブックを手にして人波に分け入った陳澄波は、1933年に行われた「城隍遶境」に参加しただけでなく、その光景を描いた貴重な絵図を故郷のために残してくれました。

洗濯
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洗濯

浅瀬の岸辺にしゃがみ込んだ女性たちが、力をこめ衣服をもみ洗いしています。働く姿が鏡のような水面に、映し出されています。村での出来事や、家でのあれこれ。肩を並べて洗濯しながら、川の片隅で情報を交換しているのでしょう。傍らには母親について洗濯場に来た子供もいて、川に入って遊ぼうとしています。水辺で洗濯をする場景は、台湾の懐かしい記憶の一つです。この絵を見ていると、岸辺で談笑する声に交じって、バシャバシャとはねる水の音が聞こえてくるようです。

玉山の暖冬
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玉山の暖冬

山脈を覆う真っ白な雪が冬の訪れを示していますが、画中の嘉義は暖かい陽光に包まれています。日の光が壁に長い影を作り、絵の中に安らかでのどかな雰囲気が満ちています。温もりのある空気のうちに、人々の顔も赤く染められているようです。陳澄波がキャンバスに描いた故郷の嘉義という土地、その多くに暖かさが感じられます。皆さんの故郷はどんな色でどんなイメージでしょうか。

諸羅の町を望む
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諸羅の町を望む

広大な大地のいたる所に溢れる緑色が、樹上で旋回してふっくらした翼へと形を変えています。明るい黄色、若草色、陰鬱な、明快な、深浅の異なるグラデーションとなって重なる緑が、華やかな組曲を奏でています。遠方の建物は他とは違う青緑で彩られ、絵の中に隠された宝石のように揺らめきながら微かな光を放っています。緑の波涛が地平線の青い空と白い雲へ、とうとうと連なっています。故郷の風景を味わう陳澄波の喜びが、この豊かさに満ちた美しい一枚となったのです。

嘉義の郊外
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嘉義の郊外

のどかな田舎らしい雰囲気の画面に、景物が細々と描き込まれています。1枚の絵に語り尽くせない物語があるかのようです。庭にいる女性の後姿が、作品全体の焦点です。鶏の群れや子供、物干し竿が取り囲まれて、黙々と働かねばならない女性の辛さを暗示しています。古めかしい農家の裏手にあるのは近代的な牧場です。三角形の屋根が遠くの山々に連なり、よどみない起伏のある動感が醸しだされています。陳澄波の画中にいつも、高く屹立して聳える玉山。いったい何を象徴しているのでしょうか。

玉山の遠望
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玉山の遠望

チューブからたっぷりと絞りだした絵の具をこすり付けるようなタッチで生い茂る樹木が描かれ、雑草に覆われた斜面に景物を添えています。前景の到るところで線が躍動し、生気あふれる画面となっています。しかし、頭を上げて遠方に目をやると、平塗りされた遠景の中に、玉山が堂々と聳え、空中で獲物を狩るオオタカが見えます。山頂を覆う真っ白な雪が、幽遠な雰囲気をかもし出しています。嘉義郊外から遠望する玉山(新高山/ニイタカヤマ)の頂き-陳澄波はこの2点にまたがる風景のイメージを丹念に吟味し、遙かに広がる眼前の景色を一枚の精緻な小品にまとめました。

嘉義の町はづれ(3)
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嘉義の町はづれ(3)

道路へと続く水路、道端で目を引く廟の燕尾脊。眼前に広がるのは、陳澄波がかつて絵画作品を通して日本に紹介した故郷の情景です。この作品より前に帝展入選を果たした傑作に比べると、この絵では近代化が更に進んで、整然とした秩序が形作られているように見えます。遠くに嘉義市街地を眺めやりながら、再び似たような風景画を完成させた陳澄波は、この町の変化を記録として描き留めたかったのかもしれません。

田園
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田園

母親が子供の手を引きながら、ゆったりとした足取りで坂道を下りて行きます。もう少し先に行くと小路の角を曲がって、二人の姿は見えなくなるでしょう。手前に見える、天秤棒を担いだ男性はしっかりとした歩みで坂を上り、もうすぐ母娘とすれ違うところです。遠方に目をやると、畑に平行に並ぶ畦と農作物が整然とした線で描かれており、せっせと働く農民の姿もあります。絵を見る私たちまでが、和やかさ漂う田園風景の小路を歩いて、梢を揺らすそよ風を感じられるような気がします。

嘉義の町
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嘉義の町

新しい様式の建物が立ち並ぶ市街地、その隣に立つ木造家屋や伝統的な店舗がおもしろい対比をなしています。建物周囲に穏やかに降り注ぐ陽光で、あたり一面が暖かな黄色に染まっています。柔らかい陽射しを浴びて、画中に描かれた全ての景物も温もりある愛らしい色となっています。近景の大木が枝を広げ、路上の人たちに木陰を提供しているかのようです。目を閉じて陳澄波の絵の世界を歩いてみれば、この土地の温度に触れることができるかもしれません。

初秋
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初秋

街角の風景に交錯する何本もの線―廟宇の屋根に反り返る燕尾脊、日本式木造家屋の山型の屋根、西洋風の小さな家。多種多様な建築物によって、リズミカルで美しい画面が構成されています。力強く伸びる広葉樹の枝、緑陰に包まれた風景、初秋を迎えた南国の、衰えることなく旺盛な自然の生命力が表現されています。木製の竿に干された洗濯物、手すりの外に広がる小さな世界に目をやれば、皆さんものんびりと安らいだ気持ちになりませんか。